#232

 春を待っていたのは、私たちだけではなく、命あるすべての生き物がこの季節を待っているし、
甘い蜜を待っていたのもミツバチだけではなく、たくさんの鳥たちがさくらの花の風車を落とし
ながら、春の恵みをいただいている。


  


 今年の春は、暖かかったり、寒かったり、雨の日が多かったりの繰り返しで、本当に優柔不断
な春の訪れだったが、それでも一日ごとに、ひと雨ごとに季節が移り変わっているのは、見てい
てとれたし、肌でも感じることができた。
 暇さえあれば歩いているし、歩けば歩くほど季節のちょっとした変化や移り変わりには敏感に
なるのだろうか。いい歳をしたおっさんが、カメラ片手に、ノートとシャーペン片手に、物思い
にふけっている姿はさぞ滑稽だろうと思う。滑稽というより”怪しい”か。
 空を眺めながら、生まれては消える雲が行き交う空を春の緩やかな風は、冬の空と風とは明ら
かに違う。土に咲く花々は、たくさんの陽の光を浴びようと、太陽が進むその方向に花びらを広
げている。



 ゆるりとした風が吹く度に、花房から引き離された花びらは、陽の光を浴びて、様々なさくら
色のグラデーションを見ているものの目に写し、用水路の水の上にいくつもの小さな波紋を残し
ながら落ち、用水路一面をさくら色に染め上げていく。
 この花びらたちが海に出ることはないだろうが、この流れの中で、「できる限り多くの人たち
の心を和ませてあげてください」と思うばかりだ。


 


 今日はほんの少しだけ北上してみた。北上といっても急行電車で15分、バスに乗って10分
ほどの所。そこから用水路に沿って、途中に休憩を入れながら、3時間ほど歩いた。歩くことが
苦にならない私にとっては、たいしたことのない距離と時間だった。
 その道すがら、たくさんの季節のご褒美をもらうことができたのだから、こんなに素晴らしい
時間はない。しかし、ご褒美はあまりたくさん貰わない方がいいのかもしれない。有り難味が無
くなってしまうから。



 でも、欲張りな私はたくさんのご褒美がほしい。
 だから、私の心はさらに北へと上ってゆく。


Today's Tune
Kiss Me / Sixpence None The Richer http://www.youtube.com/watch?v=3YcNzHOBmk8