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#233

 昨日、琥珀さんに教えていただいた葛西用水を訪れた際に、琥珀さんも葛西用水を訪れていて
どうやら私が琥珀さんを追いかけるような感じで歩いていたようで、訪れていらっしゃった事を
知ったのは、その日の夜の琥珀さんのブログを拝見した時でした。
 自分が昼間見た風景の写真がそこにあったからです。
 同じ日に、同じ場所で、同じような時間に同じような道のりを辿っていたのは、偶然とはいえ
おもしろいものです。
 今日、私のブログに琥珀さんから頂いたコメントの中に「同じ場所を違う目で見つめた風景は
別の心象風景を見せてくれますね。」と書かれてありました。当然といえば当然なのですが、改
めて考えると、とてもおもしろいことだと思います。
 同じ風景を見た時に見た人によって、捉え方が違うのは、過去に起こった物事の記憶がとても
関係しているのではないかと思っています。その場所、または記憶の中にある場所と似たような
場所にはたくさんの物語があって、その風景を見た時に、その年の、その月の、その日の、その
時間に起こった事と記憶の中にある風景を重ねて見てしまうから、人によっては同じ風景も違う
印象となって写るのではないかと思っています。
 目で見た風景は、記憶の中でタイムスリップしている事だろうし、その時に感じた風や空気の
匂い、聞こえた音までもが重なり合うのだと思います。
 昨日の風景を見ていて、私の中にも当然そんな事が起こっていた理由で、葛西用水を訪れるの
は今回が初めてでしたが、私の記憶の中では、桜の季節にある風景を見ると必ず思い出される事
があります。



 無数のさくら色の花びらが風の中を舞う風景を見る度、その中で、無邪気に笑いながら、クル
クルとうれしそうに回っていた女性の事を思い出します。あの時に笑っていた彼女の顔が印象的
で、今でも強く心の中に残っています。
 そういった思い出の中に残っている感情が、写真を撮った時に出てくるからこそ、同じ風景を
違った印象捉えるのだと思います。
 

 Different eyes see defferent things.
 Different hearts beat on different strings.
  異なる目には、異なるものが映り、
  異なる心は、異なる糸の上で鼓動を生む。


 私が好きな曲の歌詞の一部ですが、こういった感情があるからこそ、おもしろいのではないで
しょうか。どんなものを目にしても、どんなことをしても、何もかもが同じであったら、感動は
生まれないし、発見もないだろうし、また、共感も生まれないでしょう。
 そういう意味で今回は、同じ日に、同じ場所でそれぞれの想いをのせて撮られた写真がある事
は、非常におもしろい事なのではないかと思っています。