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#252 心のままに歩いてゆこう

久しぶりに上野、浅草をぐるりと円を書くように歩いた。途中少しばかり雨にも降られたが、歩いた距離は7、8キロぐらい
だと思う。ただ、この雨が約1年ぶりに空に幻想的な絵を映し出してくれた。


 
2010.06.16(左) 2009.05.19(右)


街中で虹を観るのは、2009年5月に仕事帰りに突然の雨の後に日本橋で見て以来。
日本橋で観た時は、多くの人たちが虹が出ているの気付いて、携帯のカメラで写真を撮っていたけれど、今回は、夕暮れ時
だったので、夕焼けのオレンジ色に紛れていて、気付いていない人の方が多かったかも知れない。
老いも若きも、満面の笑みを浮かべながら写真を撮る。
仕事の手を休めて見入る人、横断歩道を渡るのをやめて写真を撮る人、バスの中から指をさす人、誰一人として、虹を見て
怪訝な顔をする人はほとんどいないでしょう。
ただし、お急ぎの方にとってはこの上ない迷惑な行為になってしまうのだけれども、都会の真ん中で虹を見ることなどほとん
どないし、ほんのわずかな時間ですから、何卒、お許し願いたいです。


街中を歩き回っていると、時折、不思議な感覚になることがあります。
これを”偶然の出会い”と言う人もいるのだけれど、私はそう思っていないのです。
”何かに導かれた”というと、少し神がかった話になりそうだけれども、そんな妙な感覚。
この日は、夕立ちがあって、上野の森で雨宿りをし、浅草に向かおうとした時、雲が切れはじめて、ビルを境に西側が黄金色
に輝いていて、急いで鶯谷(上野の次の駅)に戻れば、黄金色に輝く夕暮れに出会えただろうけど、何故か足は浅草の方へ。
かなり長い後ろ髪を引かれながらも、浅草へと歩き、菊屋橋の交差点に差し掛かった時にこの虹を目にしたのです。
あらかじめこの年のこの日のこの時間に出会うということが決まっていたかのように突然に現れたです。
去年、日本橋で見た時もいつもは歩くことがない帰り道を選んで歩いていました。
また、逆に何も感じないこともあります。大半が何も感じない時ですが、そんな不思議な感覚になった時は、逆らわずに心の
ままに歩くことにしています。
心に逆らって、黄金色の夕暮れを見に行っていたら、虹に出会うことはできなかったのですから。


自分の気持ちを信用してあげる。
自分を一番、信用してあげる。
心のままに歩いてゆく。
そうすれば、必ずいい出会いがあると思うのです。