読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

#314 ふと思ふ

休息時間に喫煙室で同僚がこんな事を言っていた。
スカイツリーってさ、鉄の塊みたいで何か嫌だよね。」
確かに近くで見ると、とてつもなく大きく感じるし、異常な圧迫感も感じる。
タワーが建っているというよりも、ただの鉄の塊が建っているようにも見える。
「タワーって言ったら、やっぱ東京タワーだよね。」とも言っていた。
私も東京タワー派だ。
世代的なものや見慣れているというのもあるのだろうけど、スカイツリーはどうもしっくりこない。

仕事帰りに勝鬨橋近くのお気に入りの場所から東京タワーの眺めていたけれど、やっぱり東京タワー
の方が絵になるよなと感じた。
この場所から見る街の明かりも東京タワーも何時間見ていても飽きる事は無い。
しばらくしてからバスに乗り、浅草に出て、吾妻橋のからスカイツリーを撮った時にふと思った。


スカイツリーができる事を本当にみんな喜んでいるのかな?』


東京タワーとスカイツリーの大きな違いは、東京タワーは都心のどちらかと言えばビジネス街に近い
所だけれども、スカイツリーは、どちらかと言えば住宅地の方が多いという立地。
その場所で商売をしている人にとっては、お客さんが増えていい事なのかもしれないけれど、普通に
暮らしている人にとってはどうなんだろう。
押上や業平橋に多少は縁があるので、あの街の周辺の事は分かっているのだけれど、それまで静かに
暮らしてきた人たちにとってはむしろ迷惑な存在になるような気もしなくはない。


スカイツリーがオープンすれば、連日多くの人が訪れて、車も増えれば、観光バスも増えるだろう。
そうなれば、騒々しくもなるし、事故も増える可能性があるし、たぶんゴミも増えるだろう。
人が集まるところには、残念なことにゴミも集まる。
しかも路上にだ。
テレビでは、いい事ばかりが報道されて、それによって起る弊害のことなど報道されない。
電波塔として使う訳だからなかなかそういったマイナス面の報道もできないか。
そうは言っても、新しい何かが街の中に入ってこなければ、街は衰退していくだけし、完成に
よってもたらされる経済効果を考えたら、多少の犠牲はしかたないのか。
自分の中でもとても矛盾した思いが、巡っている。