#299 飛び込んでいってその先にあるもの

「幸せなる機会は誰にでも等しく与えられてるはず。あとはそれを掴む為に飛び込んで
いけるかどうかだと思う。」




自宅近くの歩道橋の上から、雲でぼやけた月を見た日。
いつものように仕事が終わって、会社からの帰り道。
記憶の引き出しが突然に開いて、中学生時代の一人の友人の事を思い出した。
15年と少し前、代官山周辺で友人のお祝いのプレゼントを探していた時、ふと目に止まった
輸入ベビー用品の小さなお店。
自分とはまったく縁のないお店ではあったけれど、どういうわけか、そのお店に入りたくなっ
て、何かに引き寄せられるように、お店の扉を開けた。
色とりどりの赤ちゃん向けのおもちゃや、洋服や絵本などが所狭しと置かれていた。
店の奥に目をやった時、『あっ...』と思った。
中学を卒業以来、会うことはなかったけれど、同じくラスだった彼女だとすぐに分かった。
すぐに彼女だと分かったのは、彼女の左下顎がなかったから。
子供の頃、病気で左の下顎を失ってしまっていた。


彼女は、昔からニコニコと笑っていた人だった。
その時もニコニコと笑っていた。
いじめられて、中傷されている事もあったけれど、彼女には友達も多かったから、笑って
いる事の方が多かったかな。
私自身も、別に正義感振りかざそうと思った訳でもなく、“かわいそうだから”と同情した訳
でもなく、ごく普通に同じ班になったり、よく話をしていたりしていた。
ただ一度だけ、泣いている姿を見たことがあって、その時は私自身もとても悲しかったし、
悔しかった。
『どうして困って、苦しんでいる人を助けてあげられないんだろう』と。


その小さなお店で彼女に会った時、声をかけようかと思ったけれど、
その時は声を掛ける事が出来なかった。
『違う人だったらどうしようか』
絶対に間違いがないと分かっていても、なぜか、声を掛ける事が出来なかった。
お店の片隅に温厚そうな男の人がニコニコと笑っていた。
『あー旦那さんかなぁ』、『あー結婚したのかなぁ、幸せそうだなぁ』
あの時と同じ笑顔でニコニコと笑う彼女とその男の人の事を見ていたら、妙に胸がつまって
しまって、「また、きます」と言って店の外に出てしまった。
『元気そうで、幸せそうで、よかった。』
でも、自分が少し情けなかった。


中学生の時、たくさんのいじめや中傷を受けても、ニコニコ笑っている事が多くて、でも、
その裏ではとてもとても辛い思いをしていたんだろうけれど、自分を殻に綴じ込めること
なく、一生懸命にみんなの輪の中に入ろうとしていたから、あの笑顔があの時も見ることが
出来たんだろうな。
彼女自身の意志と、そしてまわりで支えてくれた人。
でも、怖がらずに自分自身で飛び込んでいったからこそ、彼女にとって幸せな今があるんだ。


私の後悔は、あの時に彼女に声がかけられなかったこと。
どんな理由が合ったとしてもあの時に声をかけておくべくだった思う。
それがたとえ彼女ではなかったとしても、何か自分のプラスにはなったはず。
あの時間は二度と戻らないんだよな。
でも、あの時の笑顔は一生忘れないと思う。
人が幸せな時の顔ってあの時の顔なんだって、今でも私の心と記憶に刻まれている。


今はどうしているのか。
きっと幸せになっているに違いないと思う。



Alison / Slowdive